紀伊半島の環境保と地域持続性ネットワーク 紀伊・環境保全&持続性研究所
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  環境保全から始まった「菜の花プロジェクト」の持続的発展を!


 「菜の花プロジェクト」は、1998年に滋賀県愛東町での活動が出発点となったとされている。これに先だって、滋賀県下で、琵琶湖の水質保全のため、回収した廃食油から石けんを作って使うという運動が取り組まれていた。「菜の花プロジェクト」の発展には、活動を担ってきた多くの方々の努力があったことは勿論であるが、ドイツにおけるナタネ油等からのBDF(Bio Diesel Fuel)生産を学ばれ、プロジェクトを立ち上げ発展させた現プロジェクト代表の藤井絢子さんの力が大きいように思われる。

 農林水産省の戸別所得補償制度では、水田を活用してナタネを栽培する販売農家に対して10a当たり2万円の所得補償交付金が支払われ、また、 畑でナタネを栽培した場合、畑の耕作放棄地を利用するナタネ栽培に対しても交付金が支払われる(平成24年度)。

 紀伊半島地域においては、三重県、奈良県、和歌山県の一部で「菜の花プロジェクト」が実施されている。三重県伊賀市においては、三重大学の伊賀研究拠点と地元で、菜の花の栽培、地場産ナタネ油の製造販売、廃食油からのBDF製造と利用など、カスケード(多段階)利用を前提とする取り組みが行われている。

 筆者は、伊賀市で、ナタネの連作障害として問題となる菌核病への対策について問われたことがあったが、その場では返答できず、後日、調査をしてお答えすると約束した。下記の文献調査の結果を返答するとともに、NPO法人東海地域生物系先端技術研究会の情報誌「Bio Tech TOKAI」に掲載したが、せっかくなので、これを本ホームページに転載し、ナタネ栽培に取り組まれる関係者の参考に供したい。


 菜の花プロジェクトにおけるナタネ菌核病による連作障害対策について

 水田転換畑や畑地でのナタネ栽培は、「菜の花プロジェクト」などにより景観作物として、また、国産油糧やバイオディーゼル燃料原料として、全国各地で行われている。ナタネは、かつて、昭和32年のピーク時には全国で26haが作付けされ、愛知県では17ha、三重県では9ha(昭和30年)栽培された。一方、平成18年には、全国のナタネの作付面積は799ha、愛知県、三重県、岐阜県でそれぞれ41.7ha10ha27haにすぎない。しかし、各地において「菜の花プロジェクト」が実施され、春には菜の花畑の景観形成による観光集客、国産ナタネ油の生産・販売、廃油回収によるバイオディーゼル燃料の生産と利用という形で地域活性化に役立てられている。

「菜の花プロジェクト」は1998年に滋賀県の愛東町で始まり、その後、全国各地で続々とプロジェクトが立ち上げられた。各地のプロジェクトは新旧あるものの、水田転換作物としてナタネが連作され、連作障害の問題が生じている。筆者は、「菜の花プロジェクト」関係者からナタネ菌核菌に対する対策について尋ねられた。このため、暖地におけるナタネ栽培の連作で最も問題となる菌核病について文献調査を行ったので、関係者の参考に供したい。

1.ナタネ菌核病とは

ナタネの栽培は秋から春にかけてであるので、夏作物と比べて病害虫の種類は少ないものの、特に、ナタネ菌核病は甚大な被害を及ぼす病害として知られている。九州などの西南暖地では収穫皆無となるほどの被害を出す病害として恐れられている。東海地域も春期に温暖であるので、本病はナタネ栽培上、被害が大きくなる可能性がある。かつて、ナタネが広く栽培されていた時代に本病の研究がなされていたので、それらについての文献調査を行うことによって、ナタネ菌核病への対策を明らかにしたい。

2.ナタネ菌核病の特性

 ナタネ菌核病菌は非常に広い寄主範囲を持ち、ヒマワリ、ソバ、ダイズ、レタス、キャベツなど6422361種以上の植物を侵すが、イネ科植物には感染しない。菌核は菌糸が環境耐性を有する耐久体となったものであり、生存期間は、長い場合には土中で45年生き続ける。ナタネ菌核病菌は菌核の状態で越冬し、3月以降に気温が1520℃くらいとなり、降雨のあった後に発芽して直径5mmほどのキノコ(子嚢盤;子器ともいう)を作る。子嚢盤で胞子が形成され、日中の湿度が低くなった時におびただしい数の胞子が噴射され飛散する。胞子がナタネの花弁などに付着し菌糸を出して感染し、落下した花弁が雨にぬれた葉や茎に付着し、そこから植物体に侵入する。茎が侵されると水分や養分の移動が妨げられ、その結果、ナタネの成長が妨げられ減収するとともに、茎が折れて収穫できなくなる。菌核は茎に多数形成される。この菌核が圃場内にばらまかれ、さらに、植物体を運び出す途中で畦や農道に菌核がばらまかれて越夏し、翌年の発生源となる。

3.菌核病の発生しやすい気象条件

ナタネ菌核病は、3月下旬から4月にかけて降雨が続いたり、あるいは大雨が降り、気温が20℃ほどに上昇した時に発生しやすい。

4.ナタネ菌核病の発生に影響する事項

(1)湛水等の効果

 ナタネ菌核病に対する対策として、湛水等の効果が調べられている。夏期に2〜3ヶ月湛水することによって菌核がほぼ死滅する。湛水による菌核の死滅効果は水温が高いほどよい。菌核は湛水中の細菌等の微生物によって破壊される。秋季湛水(9月下旬以降)は、夏期湛水よりも水温が低くなるので効果が悪い。ナタネを収穫した後に水稲栽培を行っても同じ効果が得られる。ただし、菌核は水に浮きやすく、この状態では生存しやすいので、ナタネ収穫後に耕耘し、菌核を土中に鋤き込むことが肝要である。また、水面に浮遊した菌核は畦に吹き寄せられて、そこで生存することがあるので、畦塗りをするか、下記のように播種前に石灰窒素で死滅させる。

 (2)石灰窒素の効果

石灰窒素については、湛水前に処理した場合には効果がないが、湛水後、播種12週間前に50100kg10a全面施用すると菌核病の発生を抑制できる。ただし、石灰窒素は粒剤では効果が無く、粉剤を全面施用する。石灰窒素は、除草剤としても登録されているようにナタネに影響があるので、播種12週間前に処理する。ナタネの生育中に散布し植物体にかかると枯れる。

(3)直播の効果

直播栽培は移植栽培よりもナタネ菌核病の発生を比較的よく回避できることが知られている。直播栽培では移植栽培の場合よりも播種時期がかなり遅くなるので、翌春の生育後期における植物体の老衰が遅延するためであるとされている。

(4)過密植の影響

 過密植になると、風通しが悪くなり、降雨後あるいは結露後に植物体が乾きにくく、罹病花弁や罹病葉が、健全な葉や茎に付着して再侵入を許す機会が多くなり、菌核病を蔓延させるので、過密植とならないように播種量を調整する。

(5)種子消毒

ナタネの菌核病に対する登録農薬は無い。このため、種子に混入した菌核を薬剤によって消毒する方法はない。しかし、レンゲ菌核病の種子消毒に温湯法が試みられており、良好な成績がおさめられている。この場合に、種子中に混在する菌核は、まず、冷水に3時間浸漬し、その後、50℃、52℃、54℃の湯に、それぞれ30分、10分、5分漬けると死滅するが、通常の規模で行うには冷水に3時間浸漬後、54℃の10分処理が良いとされている。同じ菌核病なのでこの方法はナタネ菌核病に対しても利用できると考えられる。

(6)圃場衛生 

圃場は暗渠、明渠で乾燥させた方がよい。また、畦も日がよくあたり乾燥した状態にした方が子嚢盤の発生が少なくなる。このため、畦の雑草は除去した方がよい。ナタネ菌核病が発生したら、罹病株は早めに抜き取ってビニール袋へ入れて圃場外に持ち出し、埋没処理する。

 (7)輪作の効果

   ナタネ菌核病は耐久体である菌核として土壌中で生存し続けるので、輪作を行う場合に2年輪作では不十分であり、3年輪作で発生を抑制できるが、必ずしも十分ではない。北海道では5年輪作が推奨されている。3年輪作を行う場合には、ソルガム、サツマイモなどの菌核病が出にくい作物との輪作を行う。

 (8)抵抗性品種


 ナタネ菌核病に対して病気を起こさないような強い抵抗性品種はまだない。しかし、やや強い品種として、「キラリボシ」、「ななしきぶ」、「キザキノナタネ」などがある。これらの品種の抵抗性は、罹病しても収量の減少率が非抵抗性品種よりも低いというもので、菌核は形成される。


 5.ナタネ菌核病の防除対策について

 ナタネ菌核病菌は連作によって蓄積し、年々病気の発生が増加するので、発生が認められた圃場では水稲作や湛水を中心とする処理を行って菌核を死滅させることが肝要である。その他、石灰窒素施用、直播栽培、播種密度の調整、種子の温湯処理、抵抗性品種の利用、輪作、被害株の早期除去、圃場衛生など前述のような各種の発生抑制手段を組み合わせて被害を軽減することが必要である。

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